自己表現のゴールデンエイジは限られている?
案の定、娘は沼入りしました。嫁入りならぬ沼入りです。
前回のコラムで書いたのですが、先月、義両親から「プリキュア」という世にも可愛らし過ぎるものを知らされた娘。私の不安は見事に的中しました。完全に今、彼女はプリキュアに沼っているのです。
Youtubeで動画をリピート再生し、朝から晩まで踊り続ける・・
「GO!GO!レッツゴー!プリキューア!」というメロディを、私自身が知らぬ間に口ずさんでいるほどです。
保育園でも、娘のオンステージは評判を呼んでいるそうで、「今日も娘ちゃんのダンス、すてきでしたよ〜!」と連絡帳に書かれるようになりました。
そんな娘を見ていると、「恥ずかしい」という感情が湧くまでのこの数年間は、自己表現のゴールデンエイジのようにも感じます。寂しいことに、大人になるにつれ、周りの目を気にし始めて、大好きなことを思いっきり表現することができなくなっていくものです。
それで言うと、いつの間にか絵を一切描かなくなった息子の方は、はっきりと「恥」という感情が芽生えた瞬間に立ち会ったことがあります。そのことを思い出すと、今でもとても、心がいたむのです。それは息子が5歳の頃に起こった出来事でした。
ママ、見ないで。
自閉スペクトラム症と診断を受けた息子は、周りの子より少し、指の動きの発達がゆっくりな子だったんです。
みんながお魚とかキリンとかゾウさんとか、「それが何か」分かるくらいの絵が描けるようになった中で、息子はまだ、クレヨンでぐちゃぐちゃぐちゃっとするばかりでした。
発達のことも納得していたので、息子には息子のペースがあるよねとゆっくり構えていましたが、ある保育参観の日、なかなかそうもいかないことが起こったのです。
教室へ入ると、壁には動物園に遠足に行った時の絵が、ずらっと並べて貼ってありました。息子の絵を探す私に、彼は「見ないで」と言ってきたのです。
「どうして?ママ、見たいよ〜」
特に気にしていなかった私は、息子の絵を見つけた途端、一瞬言葉に詰まってしまいました。
茶色のクレヨンでぐちゃぐちゃと描かれたそれが、たまたまウ○チのような形状になっていて、誰がどう見てもそれはウ○チでした。
息子はきっと、そんなつもりはなかったはずです。だけど、たまたま「そう」なってしまったのでしょう。おそらくそれで、お友達から「ウ○チみたいだね」など言われたんだろうと想像します。とても恥ずかしそうにしていました。
その時に、気の利いたことが言えたら良かったのに・・。言葉に詰まった私はそれとないことを言って、ちゃんと向き合うことができなかったんです。
それ以来、息子は保育園で描いた絵を、あまり見せてこないようになってしまいました。
子どもに絶対に言わないようにしている言葉があります
先日、ダラダラとXを見ていた時に、こんなことを話している人の動画が流れてきました。
”子どもたちが何かすごいことをした時に
絶対に絶対に絶対に絶対に
言わないようにしてる言葉があります
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例えば娘がやってきて
「パパ!パパ!絵を描いたの!見て!」
って言うんです。
それはとっても素敵な絵です。
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でもこういう時、絶対に言わないようにしているのは
「すごいじゃん!よく描いたね!」。
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その代わりになんて言うか、あててみてください。
「なんだこれ!もっと上手に描きなさい!」
冗談です。
代わりに何を言うかと言うと
「今どう感じてる?」って聞くんです。
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ㅤ
それが何をするかというと
娘は内面で自分が作ったものについて
どう感じるか、考え始めるんです。
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そして娘が出す答えを肯定するんです。
もし僕が
「よくやった!すごい!いいじゃん!」
「今まで見た中で1番いい!」って言ったら?
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そうすれば彼女は常に
外側の評価を求めるようになってしまい
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最終的には他人に媚びる人になってしまう
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「これやってみたんだけどどう?気に入った?」って
外側の評価がなければ充分だと感じないんです
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内面で自分がどう感じるか見つめる代わりにね””
これを見た私は、あの時のことを思い浮かべて、こんなことを考えました。息子に、描いた時の自分の気持ちを聞けたなら、また違ったのかもしれない・・。あんなに自信をなくして、絵が嫌いになることはなかったのかもしれない・・。
誰かの評価を受ける前に、まず「自分が」どう思ったのかを聞く。
これをしっかり自分で感じられるステップを踏むことを、多くの人はいつの間にかすっ飛ばしてしまいがちです。だから、他の人の評価を気にしてしまい自己表現自体ができなくなってしまうのではないか。そんなことを考えたのです。
表現してみる1歩が踏み出せない人へ
最近はよく、「自分らしい表現が分からないと、発信ができないんです」というご相談を受けます。実はこのご相談が8割くらいを占めているんですね。
そんな時に、私がまずご提案することは
「自分らしい表現が分かるようになるために、まず表現をしてみてください。」
ということなんです。
分からないから表現ができないのに、表現をしてみろって言われてもどうしたら良いのか分からない、と思わせてしまったかもしれませんね。
でも、自分らしい表現が分かるようになるためには
❶表現したものに対する自分の気持ち
❷表現したものに対する相手(誰か)の反応
❸その反応に対する自分の気持ち
を確かめていく必要があり、これを確かめないことには、その表現が自分らしいかどうかなんて、一生分かりっこありません。
例えば、「メキシコが自分の生き方に合う場所なのかどうか分からない…」と思うのであれば、それはメキシコに行って確かめてみないと分かりません。「メキシコが自分に合うはず!」と、行く前から分かっている人なんているでしょうか。
だからこそ、「表現をしてみること」こそが、「自分らしい表現を見つけていく最も大切なファーストステップ」なのです。
しかしここで、かつての息子のように、「やっぱり表現してみる1歩が踏み出せない」という人も出てくるでしょう。そんな人たちに、私が最初にしっかり準備してほしいと思っているのは、「自分自身の気持ちを感じ切る時間」と「何を表現しても受け入れてもらえる安心の自己表現の場所」です。
表現ができなくなってしまった人にとってまず大切なことは、他者評価を受ける前に自分の気持ちをしっかりと感じ取ること。そこにたっぷりと時間をとり、自分が自分の自己表現をしっかりと受け止めること。それが大切なのだと考えます。
そして、「何を表現しても受け入れてもらえる安心の自己表現の場所」で様々な自己表現を試していく。その試行錯誤を通して、自分らしい、しっくりくる表現にたどり着いていけるのです。
他者評価をべりべりはがして見えてくるもの
私が主宰している自己解放プログラムでは、この「自分自身の気持ちを感じ切る時間」と「何を表現しても受け入れてもらえる安心の自己表現の場所」を大切にしています。
生きてきた中で、いつの間にか自分にまとわりついてきた他者の目線や評価、周りから求められている自分についてのセルフイメージ…そういったものを一度自分自身からべりべりはがして、眺めてみて、自分の気持ちを感じ切る。
そして、何を表現しても受け入れてもらえる場所で自己表現をしてみて、また気持ちを感じ切る。しっくりこなければ、また別の表現を試してみる。そうして受講生の皆さんは自分らしい表現を手にしていきます。
自分らしい表現を模索している人は、ぜひ一度、あなたの表現について、「今、どう感じてる?」と自分に聞いてみてあげてください。
私も、次こそは、息子に「今、どう感じてる?」と聞きたいなと思っています。
あなたの自己表現の参考になったら幸いです。
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