今回も、このコラムによく登場する娘の話から始めさせてください。
娘を見ていると、本当に幼児というものは、自己表現のゴールデンエイジだと感じます。思ったことを、なんの疑問も抵抗もなく、そのままに表現する幼児からは、私たち大人が学ぶことが大いにあるような気がするのです。
「みんなの迷惑になるから。歌っちゃだめ。静かにして。」
先日、娘を連れて耳鼻科に行った時のこと。待合室で待っていると、もぞもぞし出した娘が、私の顔を何度も覗き込んできました。この時点で、なんとなく、何が言いたいか気付いていた私…;
分かりますよ…。
大好きなプリキュアの歌を歌いたくてたまらないんですよね…。
しかし、ここは病院なのです…。
この時は気付かないフリをかましていたところ、痺れを切らした娘がシュタッ!と立ち上がり、口火を切りました。
「ママ!さく、歌うから聴いててね!」
がーん!今、ここで?!
慌てた私が「ここは病院だから静かにしててね」と言うと、
「なんで?!さく、歌いたいのに!」と納得がいかない様子。
わかる…わかるよ…君は今、歌うのが大好きだもんね!?!?
歌うと、いつもは、みんなに褒められて喜ばれるし、キミも楽しいもんね!
でも…でもね…!?!?分かるだろう?!?!?!

周りからもジロジロ見られている視線に気付き始めていた私は、こんなふうに娘に言ってしまったのです。
「みんなの迷惑になるから。歌っちゃだめ。静かにして。」
すると娘は、「めいわくってなに?!いつもは良いのに!」と、どんどんヒートアップ。
受付の看護師さんもこっちを見始めています。とにかく、母は…周りからの視線がイタイ…!!!
「とにかく!迷惑になるから!じっと座ってて!」
すると娘は「わ〜ん!!!」と泣き始めて大惨事;
こうなったらもうここにはいられません。周りに「すみません、すみません」と頭を下げて、泣き喚く娘を抱き抱えて外に出た、ということがありました。
この出来事のあと、落ち着いて振り返ってみて、私はこう思ったのです。
ああ、私はとにかく、「うるさい子供を放置せずに、ちゃんと注意している母親なんです」「だけど、言ってもきかないのは見て分かるでしょう?私もすごく申し訳ないと思ってる。そんな大変な私を分かってほしい」と、表現がしたかったのだなと。
ちゃんと娘に伝えようという気持ちがあるなら、「迷惑」という言葉は使わなかったはずです。もっと娘が分かりやすい言葉で、受け取りやすいように環境を考えて、丁寧に伝えられたはずでした。
つまり、娘に伝えたいという気持ちよりも、大変な自分を分かってほしいという気持ちを表現したかったのだな、と気付いたわけなんです。
自分が表現したい世界にこだわっている人は、相手のための表現に集中することが難しい
私は数年前まで、どうやったら伝わるか、どうやったら見つけてもらえるか、どうやったら欲しいと思ってもらえるかという表現や伝え方を教えてきました。
その中で、「こういった人に、こういったことを伝えていきたい!」と熱弁する相手に、それが伝わる書き方や表現の仕方を伝えると、「なんだかしっくりこない…」、「そういう表現好きじゃないんです」、「自分らしくないと感じる」と言われることがよくあったんですね。
いざ、言葉やデザインなど見える形になると、違和感が生まれたり、希望と違うと感じてしまうという現象です。
数ヶ月にわたり、「相手がどんな人か?」「どういった人にどんなことを届けたいか?」とセッションをし続けてきたのに、最後の最後で「しっくりこない」とひっくり返ることもザラにありました。
そういう、自分が表現したい世界にこだわっている人は、相手のための表現に集中することができず、行動が止まってしまったり、行動していると苦しいと感じてしまったりすることがたくさん起こります。100名ほど伴走しましたが、半数以上がそういったタイプの人でした。
こんな私を分かって!だと集客にならない。
他でもない私自身も、昔は口で「伝えたい」と言いながら、表現したい・分かってもらいたい気持ちの方が強かった時期があります。
昔の発信は、ギラギラと彩度も高く、ドヤ!とイキリ立てているような表現が多かったですし、言葉も、「伝えたい」というより、「そんな私の気持ちを分かってほしい!」、「私はこんな考えを持っている!」と言い放っているようなものが多かったんです。
それは見方によると、とてもエネルギッシュで感情が爆発している表現ではありましたが、トータルで伝わってくるものは「こんな私を分かって!!」というものでした。誰かに何かを伝えたいとか、貢献したい気持ちからの表現には到底見えなかったんですね。
その時に起こっていた現象は
・いいねやコメントはつくけど、商品は買ってもらえない。集客にならない。
・ファンです!とは言われるけど、私が伝えていることは全然伝わっていない。都合の良い解釈をされている。
・共感はされるけど必要とされない。
といったものでした。
こういう状態の人はすごく多いと感じています。表現はできているけど、伝えようとしていないから伝わっていない、という状態です。
「表現したい」と「伝えたい」本当の願望に気付くこと
「伝えたい」を叶えるために必要なことは、「相手にどうやったら伝わるのか?」と向き合うことです。だから「相手がどんな言葉だったらピンとくるか?」「理解ができるか?」を考える必要があるんですね。
しかしながら、相手に伝えたいという気持ちがあるのに、相手に伝わる表現よりも、自分が使いたい言葉や表現にこだわりたくなるのはなぜなのか、その表現欲求のメカニズムを研究して気づいたことがあります。
それは、「伝えたい」気持ちよりも、「表現したい」気持ちの方が強いということです。「表現したい」気持ちは、「表現できていない」気持ちから生まれています。「表現できていない」のは表現できない何らかの思い込みやブロックがあるからです。
そういう状態のときは、まず、「表現したい」気持ちを先に満たしてあげることをしないと、相手のための表現をするのに違和感やモヤモヤが生まれてしまい、行動がストップしてしまう、ということが起こるんですね。

「表現したい」気持ちが強いことは、それ自体が悪いことではまったくありません。でも、口で言ってる願望(伝えたい)と心で願っている願望(表現したい)がチグハグだと、本当の願いは叶わないのです。
だから、まず、本当の願望はどちらか?に気付いていく必要があるんです。
あなたの本当の願望はどちらでしょうか?
本当の願望が「表現したい」気持ちの場合、大切なことは、
まず自分が「表現したいこと」は一体どんなことなのか?
どんな自分らしさなのか?
どういった世界観なのか?
そういった、自分の中から沸き起こる、表現欲求の正体を知ることです。
そしてそれを形にして、他者や社会に表現することを自分自身が許可してあげること。
誰かのための表現よりも、まずは自分自身を満たしてあげる。自分の表現欲求を否定せず、それを受け入れる。それが最大の自己受容になります。自分自身を受け入れることができてはじめて、他者に貢献したい気持ち、伝えたい気持ちが生まれてくるのだと考えるのです。

その翌日、娘に昨日のことを話してみました。「病院ではね、お医者さんのお部屋で、他の人が静かに待っていたり、お耳の病気をみていたりするんだ。だから今度は、お昼寝の声でお話できるかな?」
「お昼寝の声?だったらできるよ!」
表現したかった自分の気持ちに気付いたら、伝えるための工夫もできてくるのだなと、私自身改めて思ったのでした。自分の表現したい気持ち、娘に伝えたい気持ち、間違えずに気付いていきたいものです。
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